「おい、翔。書類選考が通った彼女達の履歴書だ。ここから最終面接をする人物を選ぶんだろう?」
此処は日本でも10本の指に入る、東京港区にある大手企業『鳴海グループ総合商社』本社の社長室である。
「ああ……。そうか、ありがとう琢磨。悪いな。嫌な仕事を頼んでしまって」
前面大きなガラス張りの広々とした部屋に大きなデスク。そこに書類の山と格闘していた鳴海翔(26歳)が顔を上げた。
「お前なあ…。本当に悪いと思っているならこんな真似よせよ。選ばれた女性が気の毒じゃないか」
九条琢磨は溜息をつきながら鳴海翔に言った
彼は翔の高校時代からの腐れ縁で、今は有能な秘書として必要な存在となっている。「仕方無いんだよ……。早く誰か結婚相手を見つけないと祖父が勝手にお見合い相手を連れて来るって言うんだからな。大体俺には愛する女性がいるのに……。」
「まさに禁断の恋だもんな? お前と明日香ちゃんは。普通に考えれば絶対に許されない恋仲だ」
琢磨はからかうような口ぶりで言う。
「おい、琢磨! 誤解を招くような言い方をするなっ! 確かに俺達は兄妹の関係だが血の繋がりは一切無いんだからなっ!?」
翔は机をバシンと叩きながら抗議する。
「いや、分かってるって。そんな事くらい。だけど世間じゃ何と言うかな? いくら血の繋がりが無くたって、義理の兄妹が恋仲ですなんて知れたら、ゴシップ記者に追われて会社ごと足元を掬われるかもしれないぞ?」
「ああ、そうだ。祖父も俺と明日香の関係に薄々気付いている。だから俺に見合いをするように迫ってきているんだ。考えても見ろよ。俺はまだ26だぞ? 結婚するには早すぎると思わないか?」
「ふ~ん。だけど明日香ちゃんとは結婚したいくせに……」
翔は苦虫を潰したような顔になる。
「祖父も大分年だ……。それに長年癌も患っている。早くても後数年で引退するはずなんだ。その時が来たら誰にも文句は言わせない。俺は明日香と正式に結婚するよ」
「そしてカモフラージュで結婚した女性を、あっさり捨てる気だろう?」
琢磨は何処か憐憫を湛えた目でデスクの上に乗っている履歴書に目を落した。
「おい、人聞きの悪い事を言う。言っておくが、結婚を決めた女性には事実をきちんと説明する。それに自分の人生を数年とは言え犠牲にして貰う訳だから、それなりに手当だって払うし、離婚する際はまとまった金額だって提示する。だからお前に頼んだんだろう。地味な女で、あと腐れも無さそうで……尚且つ金に困っていそうな女を選んでくれって」
「それで結婚した女性には1人でマンションに住んで貰って、あたかもお前と夫婦だと思わせる為に必要な時だけ利用するんだろう? そしてお前はその下の階のマンションに明日香ちゃんと2人で愛の巣に住む……。いや、それだけじゃないな。明日香ちゃんが子供を産んだ際は偽装結婚の女性の子供として育てさせるなんて!」
最後の方は翔を睨み付けるような顔で琢磨は文句を言った。
「それについては俺も人間として最低な事をしようとしてると思ってるよ」
翔は視線を逸らせた。
「いーや、それだけじゃ無いぞ! 大体なあ……お前は明日香ちゃんと新婚気分を味わえるかもしれないが相手の女性はどうなんだ? 一応偽装とは言え結婚なんだから、浮気……いや、これは浮気とは言えないな。恋愛の1つもさせない訳だろう? 20代の若さでな! お前の為に貴重な20代の若者の生活を奪うって事なんだからな!?」
琢磨は翔を指さした。
「だ、だから……恋愛にはまるきり興味が無さそうな…地味な女性を選んでくれとお前に頼んだんだろう?」
翔は美しい顔を歪めた。
「ああ、そうだよ。だから俺は選んだ。彼女達をな! お前と離婚した後は幸せになって欲しいと思える女性達を選んだよ。後はお前がこの中から選べ。取り合えず、候補者は5人に絞っておいた」
「……ありがとう、悪かったな」
翔は書類に視線を落とす。
「全く……お前はきっと将来地獄行き決定だな。勿論俺も。俺さ……お前を見ていたら結婚する気なんて失せてしまったよ。俺が一生独身になったら、お前のせいだからな、翔」
そして琢磨はニヤリと笑った――
****
琢磨が社長室を出て行った後、翔は5名の女性の履歴書に目を通し始めた。 「ふむ……女性の年齢は全員24歳か。でもそのくらいがちょうどいいかもな。爺さんが早く引退すれば、それだけ早く彼女達を解放してあげる事が出来る訳だし、年齢は若い方がいいか。後は出来るだけすれていない女がいいな……。幾ら偽装とは言え、仮にも俺の妻になるんだから……」他の男性が聞けば、ギョッとされそうなセリフを言いつつ、翔は真剣に履歴書に目を通し……1人の女性に目を付けた。
「うん。これは……?」
それは須藤朱莉の履歴書だった。
「24歳にしては随分地味な女だな……。しかも黒縁眼鏡なんて。経歴は……うん? 北小路学園……? 何だ、俺と同じ学園にいたのか。でも中退になってるな? 何か学園をやめないといけない理由でもあったのか? 今の勤務先は缶詰工場のパート従業員……? これまた絵になりそうなほど地味な仕事をしているなあ。家族構成は……ああ、父親がいないのか……」
気付けば翔は朱莉の履歴書を食い入るように見ていた。
これだけ地味な外見、地味な生活をしているのであれば、きっと男はいないだろう。それに男とまともに交際した事も無さそうだ。偽装結婚の相手ならその方がいい。何故なら簡単に言葉一つでコントロール出来そうだからだ。 明日香は美人だが、嫉妬深い。今回の翔の偽装結婚は当然彼女は承諾済みだ。 だから相手も明日香より見劣りする女でなければならない。「この女……借金でもしていないかな? だとしたらより一層コントロールしやすいのだが……。そうだ、琢磨に調べさせよう。色々な女と面接するのも面倒だし、取り合えずこの女にしておくか。興信所も利用して……何か脅迫するネタでもあるといいな……」
琢磨では無いが、まるで鬼の様な台詞を言いつつ、その後も翔は朱莉の履歴書に目を通し続けるのだった――
京極が部屋を出て行った後、飯塚は自分の持ってきた荷物を収納棚へしまい始め……あっという間に終わってしまった。「こんなに早く片づけが終わってしまうなんて。いかに自分が何も持っていないかがすぐに分かるわね」飯塚は自嘲気味に笑った。持ってきた私物はほんのわずかだった。各シーズンごとの服と下着数点、それに化粧水、乳液、日焼け止めクリームにファンデーションと口紅のみだったのだ。我ながら持ち物のあまりの少なさに呆れてしまった。刑務所の中で生活をしていた時にはそれほど持ち物に執着することは無かった。生活する為の最低限な物さえ手元にあればいいと思っていた。しかし、出所してきた今はそうは言ってられない。これから生活の為に就職活動だってしなければならないのだ。スーツだって必要になるし、靴にカバン。そして身だしなみを整えるための化粧品だって必要だ。しかし、それらの物を飯塚は一切持っていなかった。「今、手持ちのお金は25万円か……」刑に服していた時に作業報奨金として貰っていたお金は全て使わず貯金していた。出所時、最終的には今手元に残ったのは25万円だけであった。これが今の飯塚の全財産である。なので本当のところ、住む場所を提供してくれた京極には感謝していた。それなのに飯塚は静香に対する負い目と、高いプライドが邪魔をして素直になれずにいたのだ。でも、住むところは提供して貰っても食費は自分で何とかしないといけないだろう。部屋の掛け時計を見ると、早いもので時刻は11時半。そろそろ昼になろうとしている。そこで飯塚は買い物にでも行こうかと、出所時に着ていた薄い上着を羽織り、ドアノブに手を掛けた。――ガチャリ 飯塚は部屋を出ると、廊下を渡ってリビングへと足を向けた。****「え……? そこで何をしているんですか?」飯塚はリビングへ入るなり、自分は居候の身分であるにも関わらず部屋を与えられたのに、当の家主はソファに座り、PCを使用している。その京極を見て眉をひそめた。「ああ……仕事をしていたんですよ」京極はPCのキーボードを叩く手を休め、飯塚を見ると笑顔で答えた。「仕事って……確かもう1部屋は京極さんのお部屋でしたよね? そこで仕事をしないのですか?」「いえ、もともと自室は寝る為の場所で本来仕事をする場所はリビングと決めていたんですよ。あ……それともお邪魔でしたか?
「どうして私が貴方と一緒に暮らさないといけないんですか? いい加減にして下さい!」飯塚は叫ぶと、ハアハア肩で息をしながら京極を睨み付けた。しかし、京極は何を考えているのか、黙って飯塚を見つめていたが……やがて口を開いた。「飯塚さん、僕は貴女の身元引受人です。一緒に暮らすのは必然だと思いませんか?」「いえ! 少しも思いませんよっ!」「こんな言い方をすると貴女を傷つけてしまうかもしれませんが、犯罪履歴のある人物は……ほぼ賃貸契約時に審査で落ちますよ?」「え……?」飯塚はその言葉に耳を疑った。「そ、そんな……嘘ですよね?」「いいえ。残念ながら事実です。9割がた審査で落とされます」「そ、そんな……」飯塚はがっくりと肩を落とした。「ひょっとして……何も知らなかったのですか?」「……」飯塚は返事をしない。余程ショックだったのか、顔色が青ざめていた。「僕の名義でもう一軒アパートを借りても良かったのですけどね……色々面倒なことになりかねない。なので僕のマンションに一緒に住むのが一番効率的なんですよ。幸いここはセキュリティもしっかりしているし、マンションの住人同士も全く交流が無い。干渉される必要が無いので都合が良いと思いませんか?」「……分かりましたよ……。それでは……よろしくお願いします」京極と一緒に暮らす……それは飯塚にとって、とても屈辱的なことであり、耐えがたいことではあったが、家族からも親族や親友。何もかもから見捨てられた飯塚にはもはや京極に頼るしか術が無かった。「そうですか。納得して頂けたようで良かったです。では飯塚さんのお部屋を案内しますよ。僕について来て下さい」一方の京極は機嫌良く話しかけてくる。「……はい」渋々返事をすると飯塚は京極の後について行くことにした。「この部屋ですよ」京極がドアを開けて案内した部屋を見て飯塚は目を見張った。広い部屋に大きな窓からは太陽が降り注いでいる。窓にはレースのカーテンと品の良い淡いモスグリーンのカーテンがかけられ、部屋には大きなベッドが置かれている。しかも布団まで揃っていた。「え……これは……?」(まさか……私の為に部屋を用意したの?)戸惑っていると背後から京極が声をかけてきた。「部屋にはクローゼットが備え付けてあるので用意はしませんでした。多分これだけあれば収納は可能だと思うのです
「え……ここに今日から住むんですか?」京極と共にタクシーを降りた飯塚は目の前の高級マンションを見上げて、驚いたように目を見開いた。「ええ、そうです。さあ、行きましょう」京極は戸惑う飯塚をよそに、建物の中へ向かう京極。「このマンションはオートロックなので僕と一緒に入らないと締め出されますよ」「え? そ、それはちょっと困ります!」飯塚は慌てて京極の後を追った。エントランスを抜けてエレベーターホールの前に着くと、京極は上行きのボタンを押した。「このマンションは12階建てになっています。ちなみに僕たちが住む部屋は12階にありますから」「え……? 僕達…?…」飯塚がその言葉の意味を考える前に、エレベーターが到着して目の前でドアが開かれた。「さぁ、乗りましょう」「は、はい……」京極に促され、飯塚はエレベータに乗り込むとすぐに京極もその後に続き、ボタンを押した。京極に質問するタイミングを飯塚は失ってしまったが……。(まあいいわ。多分同じ12階に私と京極さんの部屋があるってことでしょう)京極は無言でエレベータに乗り、階層ランプが上の階へ移り変わっていくのを難しい顔をしながら黙って見つめている。(何だか話しかける雰囲気じゃなさそうね……)飯塚はそんな京極を横目で見ながら思った。普段の京極は気さくな人柄に見えるが、ふとした瞬間に近寄りがたい雰囲気を発する時がある。(本当に不思議な人よね。何より自分の妹を刺した人間の身元引受人になるのだから気が知れないわ。この人には気を許さないように注意しなくちゃ)チーンやがてエレベーター無いに到着を知らせる音が鳴り響き、スーッとドアが開いた。「さあ、降りましょう」京極は振り返ることもなく、さっさとエレベーターを降りる。「あ……もうっ!」(全く……さっさと1人で行動してしまうんだから。もう少しこっちを気遣ってくれてもいいんじゃないかしら?)不満を口に出せない飯塚はわざと思い切り不機嫌そうな顔つきでエレベーターを降りると、既に京極は部屋の前でカードキーをかざしてドアを開けている処だった。「飯塚さん、早くこちらへ来てください」京極に呼ばれて飯塚は近づいた。「ここが……私の部屋になるんですか?」「ええ、そうです。この部屋が僕と飯塚さんの部屋になります」京極はガチャリとドアを開けた。目の前にはフローリ
「え……? 今、何て言ったんですか?」アクリル板越しにいる京極に飯塚は目を見開いて尋ねた。「ええ、飯塚さん。僕が貴女の身元引受人になりました。住まいも提供しますから、安心して出所出来ますよ。当日は僕が迎えに来ますから」京極は笑みを浮かべる。 「ちょ、ちょっと……! 何勝手に話を決めているんですか!」「駄目でしたか? 以前伺った話では身元引受人も、住む処も何も決まっていないと言ってましたよね?」「ええ、言いましたけど……。でも本気で言ってるのですか? 私は貴方の妹の姫宮さんを刺して大怪我を負わせた犯罪者ですよ? 何所の世界に身内を襲った人間の身元保証人になる人がいるんですか!?」「落ち着いてください。あまり興奮して刑期が伸びたりしたらどうするんですか?」京極の言葉に飯塚の顔色が変わった。「え……? ま、まさか……冗談ですよね?」「ええ、勿論冗談ですよ? そのくらいで刑期が伸びる訳ないじゃありませんか」「! あ、貴方って言う人は……!」思わず飯塚はカッとなり……溜息をついた。「分りました……もういいですよ。好きにして下さい。どうせ私には選択権は無いんですよね?」そう、飯塚にはもはや京極意外頼れる人物は誰もいなかった。飯塚は逮捕された時点で家族からも親戚からも縁を切られてしまったのだ。「ええ、そうですね。貴女には選択権はありません。でも別に僕は貴女にどうこうするつもりはありません。ただ貴女の力になりたいだけですから」京極は真剣な目で飯塚を見た。「わ、分かりましたよ。そこまで言うならお言葉に甘えさせていただきます」「ええ。何も心配せずに身体一つで出所してきて下さい。それではそろそろ今日は帰りますね。この後会議が入っているので」そして京極は椅子から立ち上がると、お辞儀をして立ち去っていく。「本当に……変な人……」飯塚はポツリと呟いた――**** そしてあっという間に時は流れ、年始明け……飯塚が出所する日が訪れた。今までお世話になった人々に挨拶を終えた飯塚は門へ向かって歩き始めた。この日は雲一つ無い、カラリと晴れた青空だった。飯塚は空を見上げ、思い切り深呼吸すると息を吐いた。そして門を見ると既にそこには京極の姿があった。飯塚はゆっくり歩き……やがて京極の前に立った。「京極さん、今日からどうぞよろしくお願いします」飯塚は頭
京極が日本に帰国してから早いもので一月が経過していた。そして今日も又京極は東京拘置所に収監されている飯塚の面会に訪れていた。 「また来たんですか? 物好きな方ですね」相変わらず不機嫌そうな顔をした飯塚が視線も合わせずに言う。「言ったじゃないですか。週に一度は必ず来ますって」アクリル板越しに京極は笑みを浮かべる。「大体一般人は平日しか面会には来れないんですよ? 京極さんはお仕事されていないんですか?」「いいえ、してますよ。IT関係なので在宅で仕事をしています。なのでいつでも面会に来ようと思えば来れるわけです」「そうですか」たいして興味がなさそうに飯塚は返事をする。「ところで聞きましたよ。飯塚さん。来月、仮出所できるそうですね。おめでとうございます」もうじき刑期が終わるのだ。さぞかし飯塚は喜んでいるだろうと京極は思っていたのだが、飯塚の返事は予想外の物だった。「何がめでたいんですか? まだ誰も身元引受人が決まってもいないのに。行く当てだってありません。だから正直な話、私はここを出たくは無いんですよ」「え? そうだったのですか?」京極はその話に驚いた。てっきり飯塚には既に身元引受人が決まっていると思っていたのだ。「まぁ……今探し回ってくれているみたいですけどね」その口ぶりはまるで全てを諦めたような、どうでもよい口ぶりに思えた。「……」京極はそんな様子の飯塚を少しの間、無言で見つめていたが……やがて立ち上がった。「すみません。飯塚さん。用事を思い出したので今日はもう帰りますね。ああ……そうだ、飯塚さんに差し入れを持ってきているんです。占いの本を持ってきたので良ければ読んでください。後他に雑誌のクロスワードも持ってきましたよ」「はぁ? 占いの本……? 何故そんな本を持ってきたのですか?」飯塚の言葉に京極は首を傾げた。「駄目でしたか? 女性は皆占いに興味があると思っていたのですが……。占いと言っても手相の本ですよ。勉強になると思うので。それではまた来週伺いますね」京極はそれだけ言うと、飯塚の返事も聞かずにさっさと帰ってしまった。それを見た飯塚は不機嫌そうにつぶやいた。「何よ、あれ……随分自分勝手ね……」**** その日の夜――京極は身元引受人の条件について調べていた。「……そうか。これなら何とかなりそうだな…」時計を見
10月某日 14時―― 京極正人の姿が羽田空港に現れた。「久しぶりの日本だな……」サングラスを掛けた京極はポツリと呟いた。 4年前のあの日。飯塚咲良による姫宮静香の傷害事件の後、京極は会社を二階堂に託して1人海外へ渡航した。約4年の間に京極は世界各地を放浪し、本日羽田空港へと降り立った。何故、今回日本に帰国することになったのか……それは京極が思いを寄せていた女性、朱莉が鳴海グループ総合商社の次期社長に任命された各務修也と結婚することを知ったからであった――サングラス姿にラフなジャケットを羽織った京極は以前とはまるで雰囲気が変わっていた。4年もの間、海外で放浪生活をしていただけのことがあり、ある種独特な箔が付いていた。京極の荷物は小さなトランクケース1つのみ。残りの荷物は全て新居に送っていた。そして京極の新しい新居は東京都の葛飾区にある、2LDKのマンションであった。「さて、行くか……」京極は荷物を持つと、タクシー乗り場へと向かった。「お客様、どちらまで行かれますか?」タクシーに乗ると中年男性の運転手が声をかけてきた。「東京拘置所までお願いします」その言葉を聞いたタクシー運転手は肩をピクリとさせ……ゆっくり振り向くと尋ねた。「あの……もう一度お尋ねしますが……どちらまででしょうか?」「ええ、東京拘置所です」京極は笑みを浮かべて再度答えた――**** 京極は4年前からずっと月に1度、東京拘置所にいる飯塚に手紙を書いて送っていた。それは全て謝罪の手紙であった。京極は責任を感じていたのだ。自分が飯塚を煽ったことで、静香に姫宮に対する憎悪を募らせ……ついには刺傷事件を起こすまでに至った。その経緯は全て自分にあると思っていた。なので世界中何処にいても一度たりとも飯塚を忘れたことは無かった。常に罪悪感にさいなまされていたのだった。そして今回、朱莉が結婚する話を姫宮からの連絡で知り、日本に帰国するに至ったのだった。 姫宮からの連絡を貰った時、京極はインドネシアにいた。そこで小さなIT会社を設立し、15人の現地の人間を雇って経営を行っていたのだ。そして今後は少しずつ日本でも従業員を雇っていく予定なのである。 タクシーの中でウトウトしていた京極は不意にタクシー運転手に声をかけられた。「あの……お客様。着きましたが……」「あ、ああ